DOLCE&GABBANA(ドルチェ&ガッバーナ)のデザイナー

ドルチェ&ガッバーナは世界的に有名なブランドですが、そのデザイナーはどういった人なのでしょうか?官能的でセクシーな世界的ブランドを支えているブランドの魅力を知るためにもデザイナーを知っておくとブランドに対する世界観が広がります。今回は、ドルチェ&ガッバーナのデザイナーを紹介します。
ドルチェ&ガッバーナのデザイナー〜ドメニコ・ドルチェ〜
ドルチェ&ガッバーナは二人の創業者がデザイナーとして未だに現役でデザインの監督を行なっています。今回はそんな彼らの経歴とどういったコレクションの変遷を作ってきたかを交えて紹介してきます。最初に、ドメニコ・ドルチェ(Domenico Dolce)です。彼は、1958年のイタリアのシチリア島に生まれました。時は第2次世界対戦の後のイタリアで、非常に貧しい状態でした。そのため、ドルチェの家も例外になく貧しい幼少期だったと伝えられています。そんな彼の家は、縫製工場の経営を行なっており、幼い頃から布地を扱い接するような家系に育ちました。そんな状況で育った、ドルチェは6歳で、自分のズボンを仕立てあげるといった才能を持っていたのです。ガッパーナは後に、天才だから好きになれないといったコメントを出しているほど彼の才能はこの時点で開花していたのです。10代になったドルチェは、シチリア島を去り、ファッションの学校に進学します。実際に通っていたのは、マランゴニ研究所のファッションデザイナーの専門のコースに3年間通うことにしていたのだった。しかし、実際に通ってみると、4ヶ月頃には、学校が教える事は自分が育った幼少期に培ったものを教えていることに気づいたために、彼は学校に通うことをやめるようになったのです。そんな彼の夢は、当時有名で名高くトップブランドとして君臨していたアルマーニのもとでバイトをすることでした。アルマーニに実際にスケッチを持っていったこともあったのですが、これが認められることはなかったのです。
ドメニコ・ドルチェのデザイナー〜ステーファノ・ガッバーナ〜
もう一人のデザイナーのステーファノ・ガッバーナ(Stefano Gabbana)は 1962年、イタリアのヴェネツィアに生まれました。元々、ガッパーナはファッションに生まれついて興味を持っているわけではなかった人だったのです。実際に、10代に興味を持っていた物をあげてみると、クレイジー演技やポップミュージックに夢中になっていた少年時代を過ごしています。そのポップミュージックのアーティストが着ていた、光、色、スピード感といった物は、後のドルチェ&ガッバーナのデザインに反映されることになります。彼も、ドルチェと同じマランゴーニ・ファッション学園出身であり、グラフィックアートを学んでいるため、最初はファッションのデザインではなくて、広告代理店に勤めた経験を持っていたのです。実際に働いてみたものの、自分が表現したい世界観と大きく異なるといった気持ちが沸き立ち、その後、ガッパーナの同級生と最初は事務所を構えて、ファッションビジネスの展開を始めるようになったのです。そのため、洋服を表現するのでは無い、独特の感性がドルチェ&ガッバーナの作風に生きているのはガッパーナのこうした経歴が現れていると入っても過言では無いのです。
その後、ドルチェが働き場所を探しにガッパーナの事務所を訪ねて、職を探しに来たのがこの二人が出会ったきっかけになります。ガッパーナは、学んできた知識をドルチェに徹底的に教えました。その結果、二人は別の事務所を構えて、ドルチェ&ガッバーナのブランドとして、その後商品を展開していくようになります。二人の違った経歴と感性によってドルチェ&ガッバーナは現在も支えれているのです。






